2007/08/15

公演写真

大変お待たせしました!
東京公演の写真が届きましたのでご覧下さい。

ニーナの美しい白鳥、太陽みたいな笑顔のキトリ。
ウヴァーロフは優雅な王子で観客を魅了し、ドン・キホーテではニーナと踊れる嬉しさがこちらまで伝わってきました。

写真を見ると公演が昨日の事のように思いますね。

Nina

Uva

Don_nina


とてもお茶目だったコレーラのバジル!弾けるような笑顔とジャンプ力で会場は一気に盛り上がりました。
それに負けないカンデラキのキトリ。素晴らしいテクニックと小柄な身体からは想像がつかないほどのダイナミックな演技でした。
Don
Don_angel2
Photo:瀬戸 秀美

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2007/08/03

サプライズについて

連日連夜、会場を沸かせ、大きな感動を与えてくれたニーナとウヴァーロフ、そしてグルジア国立バレエが昨日帰国しました。
ステージ写真などは、来週アップいたしますので、どうぞご期待ください。

さて、今日は公演終了後に多くの方々からご質問いただきました7月28日東京での最終公演で披露された「サプライズ」についてニーナが教えてくれました。


「キンタウリ」(日本初演)
振付:ギヤ・マルガニア
音楽:ヴァフタング・カヒーゼ(作曲家・トビリシ交響楽楽団首席指揮者・音
楽監督)

街頭で商いをしながら、酒を飲み、歌い、踊りながら暮らす人々のことを「キンタウリ」と言い、「キンタウリ」とはそうした人たちが踊る踊りの形式の名称だそうです。アンコールでは女性が踊りましたが、元々は男たちの踊りだそうです。

ところで、「ドン・キホーテ」のプロローグ部分の、ほのぼのとするアニメーションにもご質問が殺到しました。

アニメーションのアイデアはニーナが提案し、それに基づいてダヴィド・シハルリーゼというアニメ・クリエーターが制作したそうです。

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2007/07/30

残り1公演の日本ツアー

大変に盛り上がった東京公演は28日(土)をもって無事に終了いたしました。
応援して下さった皆様ありがとうございました!

昨日は大阪フェスティバルホールで公演があり、明日は長野県岡谷市で日本ツアーの最終公演がございます。是非、足を運んでください!
♪31日(火) <ドン・キホーテ> 岡谷市文化会館カノラホール (0266)24-1300

東京公演の写真は次回お届けします!
お楽しみに!

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2007/07/26

ゲネプロレポート

主役のカンデラキ&コレーラ。2人共とても芸達者。強気で、どこまでも真っ直ぐな心を持つ街一番のお騒がせ娘キトリと、そんなキトリにメロメロなバジルといった雰囲気。キトリを目で追うコレーラの姿が、とってもキュート!

大注目は2人のパワフルな「超」テクニシャンぶり。あらゆる場面で技の火花を激しく散らし、周りも巻き込んで、舞台全体の覇気も急上昇!多少は体力温存しているであろうゲネプロであれだけのパフォーマンス・・・本番がこわいほどです。

最後に一言、もう一度だけ・・・コレーラ、絶・好・調です!
絶好調の彼のバジル・・・お見逃しなく!!!

<当日券情報> 
17:15~発売開始
・S席、A席、B席、C席
・D席、学生は残少です。

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2007/07/25

ゲネプロと本日のカンデラキ

今日は、アンヘル&カンデラキのゲネプロがありました。このバレエはもともとハッピーな筋立てですが、グルジアバレエが踊るとますますハッピーに!
芸術監督席で見ていたニーナもゲキを飛ばしたり、カウントをとったり、歌ったり(?)と、ひとときも休まず、とにかく気合いが入っています!
明日の「ドン・キホーテ」初日をお見逃しなく!!

すさまじい勢いで大迫力のキトリを踊るカンデラキ。
隣のコレーラに決して負けない輝きを放っています!
Kandelaki


リハーサル中も楽しいグルジアバレエです。
Gp

アンヘル!絶好調!!
Angel

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アンヘル・コレーラ元気に来日!

昨日のアンヘル。(来日したのはおととい)
超スピードの回転でとてもとても、カメラには収まりません!
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グルジアバレエ団のメンバーからも大人気のアンヘル!
最初は「転校生」のような雰囲気だったのですが、すぐにとけ込んでいました!彼が得意の回転を披露すると「ヒューヒュー」と大喝采!
アンヘルも嬉しそう。終わらない拍手にもう一度、回転を披露していました。
もう劇場はセットも雰囲気も、何よりもメンバーのノリが「ドン・キホーテ」になっています!

Cast_2 ※クリックすると拡大します。
26日のキャスト。
これがグルジア語です。

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2007/07/23

本日のニーナ

今日は午前中は整体に行き、午後は取材を受けました。
Today_nina

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兄弟ダンサーに注目!

22日昼公演で「あのロッドバルト素敵!」と話題になったダヴィド・ホザシヴィリ。
実は兄弟でダンサーです。
初日がちょうど誕生日だったダヴィド・ホザシヴィリ(左)と、ラシャ・ホザシヴィリ(右)。
1_14

ドン・キホーテ(26日・28日)では、エスパーダを日替わりで踊ります。ご注目ください!

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2007/07/22

ニーナの来日公演を振返る③

「ボリショイには、ニーナ・アナニアシヴィリという凄いバレリーナがいる!」と、話は聞いたことがあっても、実際に彼女を観た人が少なく、評判が評判を呼んでいた80年代後半。ようやく来日した90年からは、ほぼ毎年のように(年に2回も!)日本に来て素晴らしい踊りを披露。特に、凄い勢いで、竜巻のように回る「回転」は大きな話題になりました。

あれから・・・長い年月が立ちました。
ソ連は崩壊し、ダンサーたちも多くが入れ替わりました。
そんな中でも「ニーナの踊りを見る幸せ」は変わりません。

今回の「グルジア国立バレエ」公演は、見ておいて良かった!素晴らしかったよ!と、後々まで語り継がれる公演になることでしょう!

1992年9月~10月 ロシア国立ペルミ・バレエ ゲスト出演

1992年4月 チャイコフスキー記念東京バレエ団 ゲスト出演

1991年11月 デビュー10周年記念ガラコンサート
「アナニアシヴィリと世界のスターたち」公演

ニーナを中心にしたガラ公演がスタートしました。
最初は、パ・ド・ドゥを中心にしたオーソドックスなもの。
それが、全幕ものの「ハイライト版」になり、とうとうバレエ団を率いて来日するようになるとは!!!

1991年7月~8月 「世界バレエフェスティバル」参加

1990年10月~11月 「ボリショイ・バレエ」公演

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2007/07/20

ニーナ・アナニアシヴィリ 来日秘話②

ニーナはとにかく優しい人①
ニーナの話を聞くと、どんな人もみんな「優しい人だよね、とにかく・・・」という言葉から始まります。それは、バレリーナ同士の火花が散ることもあるリハーサルでも、楽屋裏でも変わらないそう。自分のリハーサルが終わり、他の後輩ダンサーが踊るのを見ていてちょこっとアドバイス・・・その一言で、それまで難しそうにしていたところがスムーズに行くようになった、というシーンは、多くの人が見ているそう。
芸術監督に就任して3年。ニーナの深い愛情によって指導されてきたグルジア国立バレエ団ですから、カンパニーとしての実力海外では高く評価されています。

ニーナはとにかく優しい人②
ある時、どうしても「私はバレリーナだから、荷物も持ちたくないし、階段も降りたくない」というダンサーがいたそうです。荷物は持ってあげるとしても、ステージへ行くには階段を降りてもらうしかない会場。「さてさて、困った・・・」というところにニーナの姿が。
一瞬にしてその場の状況を悟ったニーナ。明るく「さあ、みんなで行こう!」と、その場の雰囲気をなごませ、さっさと階段を降りていったそうです。それまでご機嫌ナナメだったダンサーも、何となく一緒に階段を降りてくれた・・・。そんなエピソードを話してくれたスタッフもいました。

ニーナはとにかく優しい人③
ニーナが、かなりの「子ども好き」なことは有名な話。
来日公演をぬって子どもたちに特別レッスンをしたり、どんなに疲れている時でも子がいたら必ず立ち止まって、握手をしたり、サインをしたりしていたそう。
「小さいころ、フィギュアスケートの選手に憧れて、サインをもらいたくって待っていた自分を思い出すの」と語る彼女の言葉を聞くと、なぜか目頭が熱くなってしまうのは私だけではないでしょう。。。

「大輪の花」ニーナには、特大のチュチュ!
ステージに登場するだけで私たちの心を明るくしてくれるニーナ。華やかなジャンプ、まさにオーラ輝く彼女の秘密は、他のダンサーよりも少し大きい特製チュチュにあり!
日本で新しいチュチュを作った彼女。それをしまうのにぴったりのケースがなくて、一緒にいたスタッフが手作りしてあげていた・・・という目撃談がありました。

プライベートの服は・・・
チュチュにはかなりのこだわりがあるものの、一転プライベートの服は忙しいこともあって、ほとんどダンナさまが選んでいたそう。彼女のことですから、どんな服を着ても似合ってしまうので、ブカブカにならないようサイズさえ合えばいいのかもしれませんね。
それでも大切な場に出るときは「ヨージ・ヤマモト」がお気に入りだったそうです。

ニーナのダンナさま
ニーナに子どもが生まれたって聞いたけど、ダンナさまってどんな方?
そう思うバレエ・ファンも多いはず。国際的に活躍していた弁護士で、ニーナに一目ぼれ。彼女を射止めようと、3ヶ月毎日花束を持って楽屋に通ったそう。今では世界中で活躍するニーナを支え、公演に付き添うことも多いため、バレエ雑誌や公演プログラムにその名前が出てくることもしばしば。
なんとこのダンナさま、ニーナに会う前は全くバレエに興味がなかったそう。それでも今はバレエの大ファンになってしまったとか。
「ですから!」とニーナは続けます。「日本の男性の皆さんも、まずはバレエを観てみてくださいね。堅苦しく考えず、とにかくステージを観ていただければ、必ず楽しんで満足していただけます!」

来日秘話①はこちらから!

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ニーナの来日公演を振返る②

93_program1993年7月「アナニアシヴィリ&世界のスターたち’93」公演
・・・キーロフ・バレエ(マリインスキー・バレエ)、デンマーク・ロイヤル・バレエ、ニューヨーク・シティ・バレエ、デュッセルドルフ・バレエなど多くの劇場から、多彩なゲストを迎えて行った公演。

ちょうど、世界中のバレエ団に客演していたニーナ。長年のパートナー、ファジェーチェフの安心感を「大きな手」の持ち主、と表現したり、デンマーク・ロイヤル・バレエにはブルノンヴィル・スタイルが残っていて勉強になったと話していたり、彼女が天性の才能を、多くの舞台経験と努力で輝かせていることが、公演パンフレットから伝わってきます。
その中で、「古典では、やはり“白鳥の湖”と“ドン・キホーテ”は特別。この2作はいつでも踊りたいくらい好きな作品です。」と話していました!やはりこの2演目は、ニーナにとって永遠の定番なのですね。

1994年「レニングラード・バレエ・シアター(エイフマン・バレエ)」公演

1996年7月「レニングラード・バレエ・シアター(エイフマン・バレエ)」公演

1996年10月「レニングラード・バレエ・シアター(エイフマン・バレエ)」公演

1996年 「アメリカン・バレエ・シアター」公演

1997年「ボリショイ・バレエ」公演

※前回の”来日公演を振り返る”はこちらから!


★2007年日本来日公演のプログラムを販売いたします!
詳しいお申込方法などはこちらから
(発送は7/23以降になります。)

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2007/07/10

ニーナの来日公演を振返る

まず今回は、ここ10年間の来日公演から。。。

2004_12004年 「アナニアシヴィリの白鳥の湖」公演
・・・・最近の来日公演がこれ。なんと3年前のこと。1990年の初来日から、ほぼ毎年のように日本に来ていたのですから寂しいはずです。
ウェルチの<グリーン>、マッキンタイアーの<セコンド・ビフォー・ザ・グラウンド>という作品とともに、<白鳥の湖>ハイライトが披露されました。この<白鳥の湖>ハイライト版は、アレクセイ・ファジェーチェフが補足振付をして再構成したもの。バレエカンパニーのリハーサル風景から始まるストーリーになっています。今回上演するグルジア国立バレエ版<白鳥の湖>は、ハイライト版をベースにファジェーチェフが改訂演出したものです。


20012001年 デビュー20周年記念ガラ公演「アナニアシヴィリの眠れる森の美女」
・・・・「私の舞台生活20年のうち、この10年は日本と密接な繋がりのあった、とても楽しい年月でした。この10年がなければ私の舞台生活はこれほど充実したものにはならなかったでしょう。」
こう語るニーナが第一部<パ・ド・ドゥ セレクション>、第二部<眠れる森の美女>ハイライトを、全国各地にお届けしました。


1999年 「アメリカン・バレエ・シアター」公演
1999年 「ボリショイ・バレエ」公演

981998年 「アナニアシヴィリ&世界のスター達’98」公演
・・・・1991年、1993年に引き続き行われた「アナニアシヴィリ&世界のスター達」公演を引き継ぐもの。ただしサブタイトルにつけられた~ニーナの誓い 今までで最高の私をお見せすることを誓って~からも感じられるとおり、怪我で思うような活動ができなかった95年以降彼女の中で大きくふくらんだ想いを実現する公演になりました。

中でも特徴的だったのは、ラトマンスキーによる<マニエリスム 美の世界><夢の中の日本>、ラーケセンによる<ポラッカ ショパンの響き>という3つの新作。


★過去のプログラムを冊数限定で販売いたします!
  詳しいお申込方法などはこちらから

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2007/06/28

ニーナ・アナニアシヴィリ 来日秘話①

 長い間「うわさのバレリーナ」として来日が待たれていたニーナ。それがようやく実現したのが1990年ボリショイ・バレエ公演でした。初来日から今日まで、ニーナのステージを共に作ってきたスタッフに聞いたエピソードによる「ニーナの素顔」、3回にわたりお届けします。

ニーナはよく食べる!
あんなに細く、パートナーの頭上に軽々と持ち上げられるバレリーナ。それでも意外によく食べているってご存知ですか?毎日毎日バーレッスン、リハーサル、本番が続き、運動量も相当なものですから、それもそのはず。中でも、彼女の「ニーナの好きな食べ物は?」と聞くと、誰もが口をそろえて「焼肉!」と答えます。
面倒見が良く、アネゴ肌の彼女。公演終了後はいつも「焼肉に行こう!」なのだとか。
若い時は、リハーサルの後、駅の売店で小さなケーキを買って、ファジェーチェフと電車の中で食べながら帰っていた、という目撃談も。。。
もちろん野菜をしっかりとったり、プロテイン(たんぱく質)を大切にしたり、と気を使いつつ・・・であることは言うまでもありません。
出産後、見事なまでに元のプロポーションに戻った彼女に、その秘密も聞いてみたいと思います。

スゴイ体!
ニーナには、来日すると足しげく通う鍼灸院があります。そこの先生が「彼女の体はとにかく勉強になります!」と話してくださいました。すべての筋肉がしっかり鍛えられていて、他の人とはまったく違っているそうなのです。スポーツ選手や、セレブも通うことで有名なこの先生。その中でも特別なニーナの体なのでした。

ニーナのキャリアはスケートから?
幼いころニーナはとても病弱だったそう。ご両親が彼女を健康にさせたいと、スケートを習わせます。10歳でアイススケートのチャンピオンになり、さらに芸術性を磨くために故郷トビリシのバレエ学校で学び始めたことから、ニーナのバレリーナ人生が始まりました。
バレエのスタートは決して早くはありませんが、スケートで鍛えられた体と、何よりも素晴らしい才能はすぐに見出され、モスクワにおばあちゃまと移り住みボリショイ・バレエ学校で学び始めました。

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2007/02/02

ホームページ リニューアル

明日(2月3日)の一斉発売を前に、ホームページをリニューアルしました。

ブログも、もっともっと更新していきますが、今回の注目はトップページにある「今週の1枚」です。毎週金曜日に新しいものに変更していきますので、どうぞお見逃しなく!

「今週の1枚」は、ニーナとウヴァーロフの踊る「ドン・キホーテ」。二人のポーズ(脚の開き方、顔の角度まで)がピッタリで美しく、「極めているダンサーはスゴイ」と、写真だけで感じさせてくれた1枚です。

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