舘野 泉 記者会見 (11/9)
①舘野泉 左手の文庫
②シベリウス・メダルについて
③12月19日のアンコール公演を含む、コンサート活動について
2002年の1月、フィンランドのタンペレ市でのリサイタルが終わり、聴衆にお辞儀をして数歩歩いたところでステージ上に崩れ落ちました。脳溢血でした。出血部がメスを入れられぬ部分であったため、自然治療を待つほかはないといわれました。右半身不随となり、リハビリに努めたものの、一度破壊された神経組織は元には戻りません。音楽に見放されたと思う日々は辛いものでした。
そんな私に転機が訪れました。長男がブリッジ作曲「3つのインプロヴィゼーション」の楽譜を見つけてくれたのです。第一次世界大戦で右腕を失った友人のピアニストのために書いた作品です。その作品を弾いたとき、氷が割れたのです。蒼い大海原が目の前に現れました。水面がうねり、漂い、爆ぜて飛沫をあげているようでした。自分が閉じ込められていた厚い氷が溶けて流れ去るのが分かりました。
音楽をするのに両手であろうと片手であろうと関係ない。左手だけで充分な表現が出来る。なにひとつ不足はない。そのことをしっかりと納得したのです。
2004年の5月に東京、大阪、札幌、仙台、福岡などで演奏会を開き、ステージに復帰しました。“左手のピアニスト”としてです。でも、私には左手だけで弾いているという認識は最初からありませんでした。皆さんに聴いていただいているのは、音楽そのものなのです。左手というのは、飽くまでも手段、方法にすぎません。
そうはいっても、左手のための作品が質、量ともに決定的に不足していたのは事実です。公式には1000曲くらいあるともいいますが、自分で色々なところに問い合わせして、確認できたのは大体80曲くらい。そして楽譜を手に入れられたのは30曲くらい。返事をもらえないままのところもありました。そこで、友人でもある作曲家の間宮芳生さん、林光さん、吉松隆さん、末吉保雄さん、谷川賢作さん… など一線の作曲家に曲を書いてもらうことにしました。演奏会は復帰後、この秋で100回くらいはしたでしょうか…深い友情や長いつきあいがあったから「復帰おめでとう」の気持ちから無償で書いてくださったものです。しかし、これから作品を注文していくのに、いつまでも好意に甘えて・・・というわけにはいきません。これは個人の財力でできる活動ではないのです。
演奏家として心血を注ぎ、聴衆とともに生甲斐を感じられる作品を、ジャンルを問わず委嘱して、作品の枠を広げてゆきたいという思いが募りました。新しい作品ができると同時に、演奏の機会をつくること、楽譜を刊行することにより、いっそう広い層にわたるように努力してゆきたいと思うのです。
65年もピアノを弾いてきて、これほどまでに無心に音楽ができるなんて想いもしませんでした。弾けるということがひたすらに嬉しくて幸せでただただ夢中できましたが、最近、演奏会の楽屋には年輩の方に限らず、20代30代の若い人たちが悩みをもって訪ねてきます。原因不明の病で、右手が突然動かなくなってしまった才能ある演奏家や音大を目指している高校生が、左手の作品を探していると相談にきたり、左手だけでは受験者として認めてもらえないということを話してくれました。そのような悩みをもった若い人がいることを私は想像もしていなかったので、とても驚きました。右手の自由を失い深刻な悩みをもつ若い世代にとって、私に何かできることがあれば、力になりたいと痛感しました。
私を病の暗い深い溝から導いてくれたのは、音楽でした。何十年も前にその時誰かのために書かれた左手の音楽であったのです。音楽を愛する人には、いつの時代もどんなことがあっても、音楽を心の糧に活躍してほしいと願っています。
「左手の文庫」は、そこからたくましい想像力が生まれ、自由な創造と可能性が広がってゆけばよいと願ってつけました。この活動にご賛同いただきご支援頂けましたら幸せです。
舘野 泉
<質疑応答>
Q)一曲作るのに委嘱料はどれくらいかかるのか?
誰にどのような曲を委嘱するのか?
A)次の委嘱作品を誰にお願いするか、現在のところ具体的に決まっていることはありません。作曲には、半年から1年はかかるので、まずは、来年の計画として一年かけて東京・大阪・札幌・仙台・福岡・横浜などで「吉松隆の世界」と題したコンサートを展開していきます。ここでは、募金活動をしたいと考えています。
一人の邦人作曲家の作品のみによるコンサートツアーは、これまでに例がないと思います。
「タピオラ幻景」はすでに全国で70回ほど演奏していますが、それに加えて「アイノラ叙情曲集」、「ゴーシュ舞曲集」、3手連弾「小さな4つの夢の歌」、カッチーニのアヴェ・マリア(編曲:吉松隆)などがプログラムに入ります。今年12月にはCDにもします。三手連弾には平原あゆみという若いピアニストとの共演を考えています。来年は、作品を委嘱して、その委嘱作品の発表は再来年(2008年)の春あたりを考えたいと思っています。自分の中では(正式にお願いしていないが)、細川俊夫さんに室内楽もしくは協奏曲をお願いしたいと考えています。また、アコーディオン奏者のKOBAさんは、作品を書きたいとおっしゃってくれているので、是非、お願いしたいと思っています。
委嘱料については、一言ではご説明しにくいのですが、編成や演奏の長さにもより数十万~数百万の場合もあるでしょう。
室内楽やオーケストラの場合は、楽譜(パート譜)の作成にもお金がかかりますね。
Q)楽譜の出版・貸し出しや管理について
A)楽譜の出版は、是非してゆきたいと思っています。ソロ曲については、現在は音楽之友社からすでに発刊されている「左手のシリーズ」の楽譜があります。楽譜にならなければ、色々な人に演奏してもらえません。そして、左手の楽曲は両手の方でも演奏できるのですから、多くの方々に演奏してもらいたいと思っています。室内楽やオーケストラ曲の場合は、譜面(パート譜)の貸し出しをしてゆきたいと考えています。
活動の内容・状況は、舘野泉公式HP(11月下旬開通)を通じて報告・発表しオープンにしてゆきたいと考えています。
Q)具体的にはどのように役立てていきたいと思っているか。
A)具体的な将来の計画は実はまだ立てていないのです。決まりごとにしばられないでフレキシブルで進めたいという思いからです。ただ、まず第一には作品を作っていくことが大切です。そして将来的には、ハンデを持つ若手の方々の支援にも役立てられればと考えています。
演奏家としては、複数の人と演奏する様々な特徴をもった曲を、どんどん紹介(演奏)していきたいというのが一番の願いです。左手の作品は両手のための作品とはなんら遜色ない作品であることを伝えてゆきたいです。実際にその音楽を聞いてもらいたいのです。普通は右手に音楽の中心があるように思いがちですが、音楽の母体(根幹)は、本来全部左手にあるのです。すべての生き物が大地をささえとしているように。
Q)将来的にハンデを持つ若手のピアニストへの支援への考えを聞かせてください。
A)とても広い範囲のことになりますので、具体的な支援についてはまだ発表できる段階にありません。ただ、はじめにお話したように、現実に不自由なハンデを抱えている若い人に対する助けをしてゆきたい気持ちがあります。作品ができる、楽譜になる、演奏会を行うということが、左手の音楽の魅力を広めるという活動が、彼等の活動を広げ、更には彼等への理解を深められるのではないかと思っています。私にやるべきことがあると感じています。
どこまで発展できるかは、まだ未知数ですが、何かしら力になりたいと考えています。
Q)設立目的の確認:委嘱料のほかに募金は、CD制作や楽譜出版やコンサートにも使われるのでしょうか。
A)左手の作品を委嘱し、演奏の機会を増やし、左手の作品の魅力を広める事は決して簡単な事ではありません。しかし続ける事が大切です。演奏家として演奏会を行うことと同時に、CDとして音源を残し、楽譜として出版や貸し出しを推進することは、同じように大切な作業と考えます。そのために必要であれば、使われることがあると思います。コンサートについては、これまで自分の自主企画として行ってきた演奏会は、これまで通り自費でします。ただし、特別なコンサート(たとえば、共演者の多い室内楽や、オーケストラ曲をプログラムにしたコンサートなど)の場合については、募金に頼る部分もあるだろうと思います。とくに、オーケストラのコンサートの場合は、たくさんの出演者がいますし、合わせるための練習も必要ですし、譜面の作成などもしなくてはならないですしね。
◎シベリウス・メダル授与
毎年夏に行われているオウルンサロ音楽祭(今年9回目)で、70歳記念公演を行った折に、シベリウス・メダルを授与されました。授与式のことはまったく知らされていなかったので、驚きと喜びの両方でした。
フィンランドでもっとも権威のある音楽賞のひとつであり、昨年はオスモ・ヴァンスカ、セーゲルスタム、サロネンの指揮者3人に与えられています。
(シベリウス・メダル授与のリリース添付)
◎12月19日の公演について
バッハ(ブラームス編曲)のシャコンヌ、スクリャービンの左手のための2つの小品に加えて、献呈された邦人作品を組み入れた、いわば集大成ともいうべき盛りだくさんなプログラムでおくるコンサートです。
バッハのシャコンヌは、復帰してから常にプログラムで弾き続けてきた曲ですが、その度に魅力がある。新曲として吉松隆「アイノラ叙情曲集」「ゴーシュ舞曲集」が初演。谷川賢作の「スケッチ・オブ・ジャズ」は、ジャズのビートの効いた楽しい曲です。特に、末吉保雄さんの「土の歌・風の声」は思い入れのある曲でもありますが、邦人作品としても大変素晴らしい充実した作品のひとつです。今年、東京でもう一度演奏できることをとても嬉しく思っています。
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